毎年12月が近づくと、私はこの一年を振り返ることを個人的な習慣にしています。起きた出来事をすべて長々と書き連ねるのではなく、その一年を象徴するいくつかのキーワード――私にとって新しかったこと、心に残ったこと、そして日々の生活を静かに形づくったことを表す短い言葉――に凝縮するようにしています。このささやかな儀式のおかげで、一年を雑然とした出来事の集まりとしてではなく、いくつかの明確なテーマをもつ一つの物語として捉えることができます。
今年もまた、その振り返りの時期がやってきました。少し考えた末、今年のキーワードを発表することにしました。今回は二つだけです。「チョッちゃん」と「介護施設」です。過去の年と比べると、ずいぶん短いリストに見えるかもしれませんが、それでもこの二つの言葉はその簡潔さから想像される以上に私にとって多くの意味を含んでいるのです。
キーワード1「チョッちゃん」
最初のキーワードである「チョッちゃん」ですが、今年度の上半期にBSで、1987年に初回放送されたNHKの朝ドラ「チョッちゃん」の再放送を視ました。「チョッちゃん」は、本放送当時、特に傑出した名作として広く記憶されていたわけではなく、少なくとも当時強い印象を残した作品ではなかったと思いますが、約40年近く経ってから改めて視てみると驚くほど味わい深い体験となりました。
最も印象に残ったのは、物語の骨組みが丁寧に作られていて、各話が無理なく、納得感をもってストーリーを前に進めていたところでした。展開が不自然に感じられたり、ご都合主義と感じたりする場面はほとんどありませんでした。多くのテレビドラマは長い作品になると、偶然や非現実的な展開に頼りすぎてストーリーが破綻してしまうことがありますが、「チョッちゃん」はそうした落とし穴を概ね避けており、その抑制が物語全体に信頼感を与えていました。
「チョッちゃん」が強く心に残ったもう一つの大きな理由は俳優たちの演技力です。この作品には往年の名優たちが数多く出演しており、その技量はごく小さな場面にまで表れていました。彼らは単にセリフを口にしているのではなく、役そのものとしてそこに存在していて、表情や間の取り方、さりげない身振りが、言葉で明示されることのない意味の層を作り出していました。
演出について、特に感心したのは、俳優たちがセリフを話す際の自然な動きです。多くのドラマで見られるように棒立ちになって順番にセリフを喋るのではなく、登場人物たちは料理をしたり、掃除をしたり、歩いたり、仕事をしたりしながら会話をしていました。こうした小さな動作が、場面をより現実に近いものにし、作られた芝居というより、日常の一瞬にカメラが入り込んだかのような感覚を生み出していました。
私の「チョッちゃん」への評価は、対比によっていっそう明確になりました。この再放送がBSで流れていた同じ時期に、地上波では別の朝ドラ「あんぱん」が本放送されていましたが、両者を並べて見ると、その差は歴然としていました。新しい方のドラマは、脚本が弱く、演技にばらつきがあり、演出も雑に感じられる場面が少なくありませんでした。二つの作品を同時期に視たことで「チョッちゃん」の長所がより際立って見えたのです。
こうした理由から、「チョッちゃん」は単なる暇つぶしの視聴体験を超え、今年の中でも特に印象深い出来事の一つとなりました。だからこそ、今年のキーワードの一つに選びました。
キーワード2「介護施設」
二つ目のキーワードである「介護施設」は、はるかに個人的で、そしてより重みのあるものです。今年3月、96歳の父と91歳の母が、長年住み慣れた自宅の近くにある介護施設に入居しました。
この決断は、両親にとってだけでなく、私たち家族全体にとっても大きな転機となりました。それまで二人は、自宅で暮らし続け、家族のさまざまな支えを受けながら生活していました。施設への入居は、彼らの日々の生活リズムや環境、そして自立感を大きく変えました。同時に、私やきょうだいたちの生活にも変化をもたらしました。
両親にとって、介護施設での生活に慣れるということは、新しいリズムに適応することを意味します。決められた時間の食事、介護のルーティン、職員や他の入居者との関わりが一日の流れを形づくるようになりました。この環境は、安全と専門的な支援を提供してくれる一方で、ある程度の自由を手放すことも求められます。その移行期を生きる両親の姿を見守ることは、安心感と同時に、複雑な感情を伴う体験でもありました。
私自身、そして彼らの近くに住む兄や姉にとっても、生活は確実に変わりました。ふらりと立ち寄る訪問はなくなり、代わりに「会いに行く」時間が意識的に設けられるようになりました。会話も、より目的意識を持ったものになりました。介護方針や健康状態、予定についての情報を共有することが、これまで以上に必要になったのです。時間はより貴重に感じられ、何気ない瞬間が以前よりも重みを持つようになりました。
「介護施設」というと言葉だけは冷たく事務的なようですが、それは私たちにとって安堵、不安、感謝、後ろめたさ、そして受容といったきわめて人間的な感情に満ちた言葉になったのかなと思います。それは避けることのできない人生の一段階を象徴していますが、決して向き合うのが容易なものではないでしょう。今年、その現実が本当の意味で日常の思考の一部となり、だからこそ、今年を形づくった要素の一つとして記すに値すると感じています。
振り返り、そしてこれから
今年はあまり多くのセレンディピティに恵まれず、予期せぬ出会いや突然の発見、新しい関心事はこれまでの年よりも少なかったように思います。それでも、これを物足りない一年だったとは考えていません。広がっていく年もあれば、深みを増していく年もあります。今年は、過去に作られた完成度の高いドラマと、そして自分の家族の中で静かだが深く進行する変化をじっくりと見つめることを求められた一年だったのかなと思います。
来年はより多くの新しい出会いや、思いがけないつながりに恵まれることを願っています。もっと多くのキーワード、そして今はまだ想像もできない物語が生まれることを期待しています。それまでは、この「チョッちゃん」と「介護施設」という二つの言葉が、今年私がたどった道筋を正直に示す印としてここに残ることでしょう。

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